2010年11月07日

水戸の洋風建築

先に書いたセミナーの翌日、水戸市内の洋風建築を見学してみました。
(主人はそのためにアッシーでお泊まりしたのでした。車じゃないと回れないのでネ)

水道塔(低地に水を送る配水塔)1932年(昭和7年)築
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住むわけでもなく、水道なのに、なかなか凝った創り。
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↑正面です
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窓の飾りもホラ!当時は「へぇぇ、素敵だね〜!」なんて今の私と同じような思いで見たのでしょうか…?

それから、次に寄ったのは「旧茨城県立商業学校」玄関の部分 1904年(明治37年)築
ベルサイユ宮殿を模して造ったと言われているんですって!
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ベルサイユ宮殿とは大胆!その規模たるや大違いなのに当時は、優秀な設計士(帝国大学建築学科卒)のさんの元で、大工さんや職人さんも「よぉし!!」と張り切って造ったのでしょうね。
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その思いが細部に表れていますよ。それに、上の水道塔より年代がぐっと古い、こちらの木造の方が断然素敵です。

これ見て下さい。窓枠のアーチ、これ木材ですよ。一生懸命さがにじみ出ているじゃないですか!
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更には、ここまで木!です!!職人さんの心意気が伝わってきて胸が熱くなりますよ〜。
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なのに保存状態が悪くて、もったいないです。
これ今もこの学校の校庭の隅にるのだから、OBがなんとかすれば良いのに・・・

入り口のアイアンだって、ホラ!後ろの現在の鉄筋校舎の寂しいこと!!
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素敵でしょ!私好み(だから保存して〜笑)


こちらは茨城県立歴史観の公園にある 旧水海道小学校校舎 1881年(明治17年)築
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水海道からここに移築したのだそうです。その際に修復一部は復元だったりなので傷みはなく綺麗な状態です。
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屋根の上の塔の部分。
ここは中に入れますが撮影は禁止でした。

それにしても昔の校舎というのは、趣がありますね。
今の冷たいコンクリートの真四角なそれとは大違い。
教育に対する力の入れ方の違いなのでしょうか?
明治の「これから、日本は西洋に負けない立派な人材を育てていくぞ!」という意気込みを
後世の、こんなちっぽけな私が見ても感じられるですから、当時これに携わった人はすごいです。

やっぱり古い洋風建築は、良いなぁ、、好きです。
西洋かぶれ?と言われたかも知れない当時の建築。良いじゃないですか、、、
何の心意気もなく、作っては壊し、作っては壊してしまう、今の東京の建物なんかより
ずっと良いです!

余談…
もっとも、、、ウィーンでも100年程前にアドルフロースという建築家が「装飾は罪悪だ!!」と言って、窓の装飾をすっかり取ってしまったビルを王宮の前に建てて
市民からは「眉毛の無い顔のよう」と言われたり
フランツヨーゼフ皇帝は、これを見たくないので外に出なかった、というのがあるのですが・・・
(このお話は、又、いつかウィーン関連で)

ナイショ話(皆さん興味をお持ちでしょうから叱られそうで)・・・スカイツリーより、
私にはこうした洋風建築探訪の方が面白いです。




posted by ERIKO at 15:31| Comment(8) | 洋風建築
この記事へのコメント
日立にいたのに、知りませんでした。
ほどんど遠出しなかったもので・・・
なんだかもったいないことしたなあ〜
Posted by milky at 2010年11月07日 17:46
このたびは、妙にへこんでしまったjoshんちにおこしいただき、またカキコもいただきまして、ありがとうございました!

それにしても、この水道塔の異形ぶりは?!
こりゃ、ぜひとも実物を拝みたいものですねえ(笑)。
Posted by josh at 2010年11月08日 08:29
milkyちゃん
意外とそんなもんですよね!身近なものは気がつかずに“さぁっと”通り過ぎている。
よそ者だからこそ新鮮なのでしょうね。
Posted by ERIKO at 2010年11月08日 17:18
joshさん
“そんな時”に(?)コメントをいただきありがとうございます。
そうですか、、、joshさんは、水道塔の方がお好みですか・・・
そうですね、言われてみると確かに面白みがありますね。
フンダートヴァッサーとまでは行かないですが(笑)
Posted by ERIKO at 2010年11月08日 17:19
昭和48年に敷地の片隅に保存校舎として残しました。築71年目でした・・。
規模が大きく土浦一高の様な保存は出来ませんでした。県歴史館の敷地に移転も検討されましたが・・優先順位から外され・・現在の形が精一杯でした。
まもなくあれから40年・・保存館は110年目になります。
力のあるOBも高齢化し余生の為の資金で精一杯です。
そんなに簡単に保存は進みません。
部外者はこうして話題で済みますが・・保存も県の結論が有ってこそなのですヨ。
軽はずみな発言はお控え下さいネ。
Posted by 水商のOBです at 2012年05月26日 13:04
水商のOBですさま
貴重なコメントをいただき、ありがとうございます。
何も知らずに、大変失礼で身勝手な発言をして申し訳ありませんでした。
お言葉を真摯に受け止めさせていただきます。

けれども、これだけの素晴らしい建築が傷んでいってしまう事は
部外者としてもとてももったいなく感じたのも事実です。
文科省?県?いずれにせよ、日本は古いものを大切に守ることにも、もっと予算を割いてほしいもの、と
思わずにはいられません。
Posted by ERIKO at 2012年05月26日 16:28
前分では大変失礼致しました。
 3.11震災で保存校舎の影響も内部では多く、現在県との調整が続いております。
幸いにして、現高には旧校舎を知る卒業生が在職されており懸命な努力をして頂いております。
 駒杵勤冶の設計の中でも初期の建築であり、造型も土浦一高とは比べ物にならないくらいの建築物だったのですが・・保存運動の頃の県には関心が非常に薄く相手にされなかった事も有ります。
 保存校舎の前に立つ門柱も本来の門柱では無く、当時の水戸市立図書館の門柱がそのまま使用されており私共にとっては嘆かわしい姿です。
 “ベルサイユ宮殿”の模写に付いても現況では誰もが想像出来ません。
保存校舎のカラーも全く当時の色とは違いケバケバシサを感ずる位ですが・・近々解体頃の往時の姿を図面を元に色彩図で残そうと製作中です。
毎年11月に一週間程保存館を披露していますのでその時にはお目に懸かれる様作成していますので是非再来して頂いてご覧下さい。
Posted by 水商のOBです at 2012年05月27日 12:56
水商のOBですさま
こちらこそ、軽はずみな発言ですのに、こうして
いきさつ等のご丁寧なコメントをくださり、
この校舎への思いがどれほどかが伝わってくる思いがいたします。
門構えや色等も違っていたとお教えいただき
尚更に蘇って欲しいもの、と思わずはいられません。

この素晴らしい建築の中で学び、友情をはぐぐまれた方達がいらしたことを知り
当時の面影はしるよしもない私ですが、
少なくともこの建物が活きていたことを忍ばせていただき
改めて感慨を覚えるものです。
うらやましくさえ思えてきます。

11月に機会がありましたら、ぜひ伺わせていただきたく思っております。
ありがとうございました。



Posted by ERIKO at 2012年05月27日 16:06
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